あらすじ

 津田由雄は大手商社の若手エリート。都内の高級マンションで、延子との新婚生活をスタートさせたばかりだ。延子は重役・吉川の親友の娘。恋愛結婚には違いないが、将来の重役ポストへの足固めだと噂する人もいる。
  由雄の目下の悩みは悪化した痔。とうとう医者に手術を勧められてしまった。とたんに由雄は不安になる。この肉体はいつ、どんな急変に襲われないとも限らない。精神だって同じだろう。だいたい、なぜ自分は延子と結婚することになったのか? かつての恋人、清子にフラれたから?  じゃあ、なぜ清子は急変し、他の男と結婚してしまったのか?
  「暗い不思議な力が自分を支配している」
  由雄はそんな考えにとりつかれ出した。
  延子もとっくに不安を抱えていた。新婚だというのに、もう夫は謎に包まれている。会話を避け、すぐ自室に引っ込んでしまうのはなぜだろう。
  結婚を機に人材派遣会社を退社した延子は、さらなるキャリアアップを目指して充電中。専業主婦になってどんなに尽くしても、いずれは夫に軽んじられる。延子の理想は唯一絶対の存在として愛し愛される夫婦関係。その実現のためには、夫と対等に向き合えるような社会的存在でありたかった。
  だが、もうすでに二人はコミュニケーション不全に陥っている。延子は由雄が何か重大なことを隠していると勘ぐり、由雄は延子が何かを探ろうとしていると警戒した。
  二人にはマンションのローンも重く、その返済をめぐっても、腹の探り合いが続いていた。
 その上面倒なことに、二人は敵だか味方だかわからない人々に囲まれていた。
 吉川夫人は夫の優秀な部下として、由雄が大のお気に入り。だが、好意を超え、すべてを支配しようとする夫人の欲望も、由雄は敏感に察知していた。夫人はなぜか延子を嫌い、清子のことをほのめかして由雄を刺激する。
  由雄の妹、秀子もなぜか延子を嫌っていた。社長夫人として裕福に暮らす秀子は、延子が由雄を悪く変えたと思い込んでいる。その根拠も由雄にはわからない。
  小林という男も由雄にはやっかいな旧友だった。ルポライターを自称し、怪しげな職業を転々としている小林は、由雄のエリート意識を罵りながらつきまとう。
  由雄の入院、手術、退院と日を追うにつれ、これらの人間関係は由雄と延子を翻弄した。吉川夫人、秀子、小林の言動から、延子は由雄に忘れられない女がいると確信する。
  一方、由雄は吉川夫人に煽られ、清子が宿泊中の温泉宿に向かう。清子に会い、なぜフラれたのかを聞き出そうというのだが───


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