トップページ CAST あらすじ ちけっと 地方公演
top画像

sasaki

 舞台は廃墟となった町工場。天窓から夕陽が射しこんでいる。金目のものは全て持ち去られた後らしく、残っているのは機械の台座や工具棚、配電盤、コードなど、ガラクタばかり。2階に通じる階段にも廃材が山積みになっている。
 そこへ1人の男が入ってきた。窓からしのびこんだらしい。男は何の目的でこのような廃墟に来たのか? そして彼を追ってきた若い男は何者か? 二人は口論を始めたようだ。いや、もう一人誰かいる。彼らは知り合いなのだろうか?
 攻撃する者とされる者、求める者と拒絶する者、希望を語る者とそれを打ち砕く者――それぞれの立場や役割が入れ替わりながら、世代の異なる三人の男のやりとりが続く。夜が深まっていくにつれ、三人の抜き差しならない状況が明らかになり……。

 

 

 幸福論がブームのようです。本屋さんには、その手の本が平積みになってるし、ブータンの「国民総幸福量」もよく話題になってるし。
 背景には、震災と原発事故がありますね。あの形容しがたい不条理から、どんな一歩を踏み出すべきか? みんながつま先を浮かせたまま、どっちに行こうか迷ってるんだと思います。
 世界的にも幸福観の見直しが盛んです。これもまた、幸せとはほど遠い状況が多発する中、国連やOECDや環境団体が、各国の「幸福度」ランキングを次々発表してますね。
 第一位はデンマークだったり、オーストラリアだったり、コスタリカだったりと、調査によってまちまちですが、日本はなべてパッとしない位置にいる。ええ、私たち、あんまり幸せじゃないようです。
 でも、ちょっと前までは、経済的豊かさ=幸せっていうモノサシが絶対だったじゃないですか。だからGDP(国内総生産)を必死に増やし、国際競争に勝ち抜いてきたわけじゃないですか。そして、やっと経済大国になって、それも、世界第2位の……は? その価値観はもう古い? そのモノサシじゃ、もう幸せは測れない? 
 あの、急にそんなこと言われたって……と、この芝居のお父さんなら、うろたえてしまうでしょう。見れば、その息子の手にも同じ形のモノサシが。あ、あっちの若者の胸にも似たようなモノサシが!
 いいんです。人間には、好きなモノサシを持つ自由がある。ただ、「幸せですか?」って尋ねたら、3人は黙り込むかもしれません。
 そのへんから、この芝居は始まります。つまり、父と子が久しぶりに出会ったとき、あたりはもう暗かったわけです。

 


永井愛(劇作家・演出家/二兎社主宰)

最近の作品=「シングルマザーズ」「かたりの椅子」「歌わせたい男たち」「書く女」「片づけたい女たち」
「やわらかい服を着て」「パートタイマー・秋子」「新・明暗」「こんにちは、母さん」「萩家の三姉妹」 等

紀伊國屋演劇賞個人賞/鶴屋南北戯曲賞/岸田國士戯曲賞/
読売文学賞/朝日舞台芸術賞秋元松代賞 などを受賞。


copyright(c)二兎社 2012