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sasaki

 季節は夏、中村保、真弓夫婦の住む家の居間が舞台。
 広告業界との付き合いが多く、常に時代の半歩先を行くようなライフスタイルを心がけている保と、フリーライターの真弓夫婦は、一人息子をオーストラリアのファームステイに送り出し、二人で充実した夏休みを過ごす計画を立てていた。
 そんな矢先、多額の借金を抱えて雲隠れし、10年以上も行方不明だった兄の幸介が訪ねてくる。「今度こそやり直します、今度こそ、今度こそ……」と頼み込み、幸介は保の所に居座った。遊び人のうさん臭さプンプン、しかも初対面の男に、いきなり家族扱いされる真弓は大迷惑である。それに就職先などそう簡単に見つかるわけがない。
 ついに親戚が登場した。しかしお互いの対立や責任の押し付け合いで、話は一向に進まない。損得勘定抜きに話の全体を見渡せるのは幸介だけだというおかしな状態になってくる。真弓もまた、このやりとりを白けた思いで聞いていた。この一族が、どんなにその場しのぎの生き方をしてきたかがよくわかったからである。また、親戚だという理由だけで、いがみ合いながらも共同体意識だけは崩さず、事の決定権を握りつつあるのが奇妙でならない。幸介は、自分と同じように傍観者になってしまった真弓に親近感を抱きだした。
 こうして、敵対関係にありながらも、幸介と真弓の間に不思議な交流が生まれ始め―――

 「われわれの側につくか? それともテロリストの側につくか?」
 イラクへの武力攻撃を前に、ブッシュ米大統領が各国に選択を迫ったのは10年前。当時を振り返るカナダと日本の政府関係者の言葉は、両国の「選択」の違いを鮮明に表して印象的でした。
 カナダは、「国連安保理決議のない戦争には加わらない」と、参戦も支持表明も拒否。米国との同盟関係は大事だが、カナダは筋を通したと、その選択が誇らしげです。
 日本は、開戦は避けたかったけれども、日米同盟を重視して攻撃を支持。「日本のエゴイスティックな利益ということだけ考えた場合には、大変大きな利益があった」と、これまた選択に後悔はないようです。
 「選択」については、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』に、有名なくだりがありますね。魔法魔術学校のダンブルドア校長先生は、ハリーにこう言って聞かせます。
 「ハリー、自分がほんとうに何者かを示すのは、持っている能力ではなく、自分がどのような選択をするかということなんじゃよ」
 「能力ではなく、選択」というところが、ズシンと胸に響きます。過去の選択を思い出すと、落ち込んでしまうこともあるけれど、選択はまた、未来に向けて開かれてもいますよね。新たな選択をすることで、新たな自分を選び直すことだって、できるはず。
 『兄帰る』は、選択についての物語とも言えるでしょう。16年ぶりに現れた長男をめぐって、親族たちは数々の選択を迫られます。その過程で各人は、「自分がほんとうに何者か」ということを、はからずも示してしまうこととなり―――
 筋を通すか? エゴイスティックな利益を選ぶか? 
 「中村家」の選択にぜひお立ち合いください。

 


(劇作家・演出家/二兎社主宰)

最近の作品=「こんばんは、父さん」「シングルマザーズ」「かたりの椅子」「歌わせたい男たち」「書く女」「片づけたい女たち」 「やわらかい服を着て」「パートタイマー・秋子」「新・明暗」「こんにちは、母さん」「萩家の三姉妹」 等

紀伊國屋演劇賞個人賞/鶴屋南北戯曲賞/岸田國士戯曲賞/
読売文学賞/朝日舞台芸術賞秋元松代賞 などを受賞。


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